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川面美術研究所からのお知らせ

毎日新聞連載「心と技と」建造物装飾 川面美術研究所-6

毎日新聞連載「心と技と」 建造物装飾 川面美術研究所

 

「現状」こそ模写の原点

 

 昨年、前のシリーズで宮大工とともに京の寺を訪ね歩いていた際、ある名刹(めいさつ)で、文化財指定を受けている襖(ふすま)絵をデジタル複写するため、打ち合わせに来ていた一行と鉢合わせしたことがある。スーツをびしっと決め、いかにもパソコン世代といった若い男女。歯切れのいい説明のさまも、歴史の重さでどっしりと沈んだ現場の雰囲気の中では、何やら不似合いな感じがしたのを思い出す。
写真や印刷技術の進歩のおかげで、現物と見分けがつかないほど精巧な複製を作ることが可能になった。しかも、手作業で写すのと比べてはるかに短期、安価でできるのである。

 「現状模写というのは、オリジナルの姿そっくりに模写することです。今はデジタル写真技術があるわけですから、依頼者サイドに立つなら、人の手による模写ではなく、デジタルでやればいいと思いますよ」川面美術研究所(右京区鳴滝本町)の所長、荒木かおり(48)はさらりと言う。
前にも触れたが、文化財保護・保存のための模写には3通りの方法がある。今ある姿をそのまま写す「現状模写」、創作された新品状態に戻す「復元模写」、さらに、新品に適度な古色を加えた「古色復元模写」である。

 例えば、オリジナルは宝物庫などで管理し、拝観者には複製品を見せて、気軽に文化財に親しんでもらう。こんな場合は、現状模写か古色復元模写を選ぶことが多いだろう。オリジナルを展示していた昨日と今日で、まるっきりモノが違ってはおかしいからだ。また、奈良・高松塚古墳の壁画のように、発見された時の状態そのものが考古学的に大きな意味を持つケースには、現状模写が欠かせない。
いわば、現状模写は絵画模写の原点である。川面美術研究所の創設者、川面稜一(一昨年1月、91歳で死去)が、法隆寺金堂壁画を皮切りに、平等院鳳凰堂の中堂扉絵、醍醐寺五重塔の初重(1層)壁画など高名な寺院の模写を手がけていたころ、模写といえばこの現状模写のことだった。
その手法を、改めて荒木から聞いた。

 襖絵でも板絵でも、まずオリジナルを床に寝かせる。次に薄い美濃紙をオリジナルにかぶせて上部で固定、オリジナルが大きい場合、乗板という作業台をまたがせる。画家はその上に乗り、左手に巻き上げた美濃紙のロール部分、右手に絵筆を持つ。美濃紙から透けてオリジナルの輪郭が見えるが、細かい部分まではわからない。
そこで、左手を上下させてオリジナルと美濃紙を交互に視野に入れ、目の残像現象を利用して美濃紙の上に色を置いていく。薄い色を何度も何度も塗り重ねて、オリジナルと寸分たがわぬものに仕上げる。
結果、オリジナルが板や壁に描かれていたら、絵だけでなく板目や壁も描きこまれる。その場合、紙なのに板絵や壁絵のように見えることになる。手間がかかり、1日に仕上がるのは、わずか10センチ四方ほどという。

 「確かに、一般の方から見れば大変な手間。絵描きの技量にも左右されますし……。デジタル写真でいいというのはそういう意味です。でも、現状模写をクリアして初めて、復元模写や古色復元模写ができるようになる。原点というだけでなく、我々にとっては基本中の基本なのです」
(毎週木曜日掲載。次回は8日。文中敬称略)【池谷洋二】

 

古色復元模写
 川面美術研究所が1972(昭和47)年から続けている二条城二の丸御殿の障壁画模写で、初めて使われた手法。例えば、緑青(ろくしょう)という顔料は年月がたつと酸化により黒ずんで見えるが、あらかじめ焼いて酸化させた緑青を使えば、想定する年代の作品ができる。狩野派研究の第一人者で、模写の監修をしていた故・土居次義京都工芸繊維大学名誉教授が名付けた。

毎日新聞 平成19年2月1日掲載

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